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そばの豆知識 .11 天ぷらそば
そばの種物の代表格といえばやはり天ぷらそばであろう。江戸時代末期(天保八年・1839年〜嘉永六年・1853年)の風俗記録「守貞曼稿」に出ている種物は、天ぷらそばのほか、あられ、花巻、しつぽく、玉子とじ、親子南蛮、鴨南蛮でそのほかにはかしわ南蛮もあった。
これらのうち、玉子とじ、親子南蛮、かしわ南蛮などは現在もポピュラーな種ものだが、天ぷらそばをしのぐ人気とまではいいがたい。
天ぷらそばがいつ頃からあったのかは定かではないが、文政10年(1829)の川柳で次のように読まれている。
(沢蔵主天麩羅蕎麦が御意に入り)
このことから、少なくとも文政10年以前から蕎麦屋で売られていたことがわかるわけだが、その発祥まではさかのぼれない。。
ところで天ぷらそばが考案されたということは、その当時すでに、天麩羅が商品として売られていて人気を得ていたと考えるのが妥当だろう。
しかし、天麩羅の事情もまだはっきりしないのだ。天ぷらの起源については、山東京伝命名説など諸説が知られているが、南蛮料理に由来するのは確かとされる。
いずれにしろ、江戸の天ぷらはまず、屋台料理として人気を博したらしく、辻売りの始まりは安永(1772〜81年)の初め頃から遅くとも天明(1781〜89年)といわれる。文化二年(1805)の筆とされる「近世職人尽絵詞」には天ぷら屋台店の様子が活写されているがそれを見ると、当時の屋台天ぷらは種の魚介を串に刺して揚げたもので、屋台中央におかれた大丼の天つゆに、客がめいめいにつけて食べたようだ。やや時代は下がるが、「守貞曼稿」によれば、屋台の天ぷら種は、アナゴ、芝えび、コハダ、貝の柱(バカガイの柱)、スルメ(スルメイカなのか乾燥品のスルメなのかは不明)。いずれも、ゆるく溶いたうどん粉を衣とするとある。幕末近くになると、これらのほかに、キンボウ、ハゼが種に加わっている。要するに江戸前の魚介である。ちなみに江戸時代の京、大阪にはこのような天ぷらはなく、魚のすり身でつくった、「はんぺん」をごま油で揚げたものを天ぷらと呼び、江戸風の天ぷらは「つけあげ」と呼んで区別していた。
さて、「守貞曼稿」が紹介している天ぷらそばは「芝海老の油あげ三四を加ふ」というもの。串揚げとはかかれていない。芝エビ三、四尾を使うのであればかき揚げともとれるが、それについての記述もないから、想像するしかない。また、天種はいろいろあったのに、なぜそば屋は芝エビしか使わなかったのか。これも疑問である。屋台で売る天ぷらは種によらず一串四文という廉価だったというから、材料の値段のせいということではないだろう。明治以降も東京のそば屋では、主として芝エビがつかわれたが、東京湾の芝エビが激減した昭和以降、クルマエビが主流になった。
麺類雑学辞典より
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